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ふよう |
夏から秋にかけて次々に華麗に咲く芙蓉の花は一日花。 美人をたとえて「芙蓉の顔」というが、まさしく朝露に濡れて初々しく咲く姿は、艶麗な気品に溢れている。 けれども、夕方にはしぼんで散ってしまう。ひとは、この花に秘めた一抹の愁い顔に薄命のイメージを重ねて愛する。 花言葉は「繊細な美」。 花が終わると、葉をすっかり落として枯れつくす。枝先きには萼に包まれた丸い果実が残り、冬になると五裂した萼の中から毛の生えた種が顔をのぞかせ、こぼれ落ちる。 地上部分は枯れ死しても、根だけは生き残り、春のめばえを待っているのである。 実のついた枝は、寂々とした風情があり、いけばなの花材に使われる。 芙蓉の基本は一重咲きで、色は淡紅だが、八重咲きの園芸品種には、咲きはじめの朝は白色、昼ごろに淡紅色、夕方には紅色に変わる花がある。 素面の人が酒に酔って、だんだん赤くなっていく様子に見たてて「酔芙蓉」と名づけられた。 一日花の芙蓉ははかなく散るが、この花は翌日になっても咲き続ける。一株に白、淡紅、紅が入りまじり、芙蓉のなかでは最も美しい花である。 白から紅に変色するのは、花びらの細胞液が酸性になるから。 読み方は同じでも、中国でいう「水芙蓉」は蓮のこと。 芙蓉は九州南部から沖縄諸島に分布しているので、日本で栽培しているのは、これらの自生種を用いたのか、中国の栽培種を導入したのかは、よくわからない。 いつごろから日本で栽培していたのかは明らかではないが、室町以前には鑑賞していたといわれる。ただ改良が加えられていないので、品種は少ない。 芙蓉の名は中国名の木芙蓉、または山芙蓉からつけられた。 もともと中国では蓮を芙蓉と呼んでいて、芙蓉の文字をフヨウの名にすると蓮と混同するので、木芙蓉というようになった。日本ではいつのころからか「木」を略して「芙蓉」と名づけたのである。 中国のはるか昔の三国時代、蜀の孟俊王は芙蓉の花をこよなく愛し、居城の四川省成都に長さ四十里にわたって植えさせ、美女数千人とともに鑑賞していたという。 かつては町全体が芙蓉の花で埋めつくされたと伝えられ、今でも成都は芙蓉の都として知られている。 芙蓉はアオイ科に属し、アオイ科は北半球と南半球の温帯から熱帯まで、約八〇属一五〇〇種も分布している。 日本でよく知られ馴染深いのが、トロロアオイ、タチアオイ、モミジアオイ、ハマボウ、韓国の国花になっているムクゲなど。ハワイの州花ハイビスカスもアオイ科。 いずれも、夏にふさわしい涼感漂う美しい花たちである。 暑さのなかにも秋の気配が感じられる八月中下旬、薄い花びらに陽が透けて、そこだけ秋がきているような芙蓉の花。 鎌倉では寺の庭に多く見られ、くっきりと咲く姿は心に残る。 北鎌倉では、円覚寺、東慶寺、浄智寺、明月院、建長寺。 二階堂は、杉本寺、瑞泉寺。小町、大町は、宝戒寺、妙隆寺、妙本寺、教恩寺。 扇ケ谷は、海蔵寺、浄光明寺。長谷方面は、収玄寺、長谷寺、極楽寺。 モノレール西鎌倉駅近くの龍口明神社は訪れる人もまれ。 酔芙蓉は、鎌倉駅東口前の大巧寺、大町の妙法寺、長谷の光則寺に。。 ▲花一覧に戻る |