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せんりょう |
さわやかな秋はつかの間、霜柱が立つともう師走の慌ただしさ。葉も果実も落ち果て、季節は終章へ向かって荒涼とした風景が広がる。 けれども、すがれた樹の蔭には、艶やかな緑の葉を褥にセンリョウ、マンリョウの赤い実が灯る。まさに価千金。 どちらも、やがて来る迎春のシンボルとして、松・竹・梅とともに正月にはなくてはならない縁起のよい植物である。 昔から、センリョウ、マンリョウ、アリドオシを組み合わせて鉢に植え「千両、万両、有り通し」と洒落て、商売繁昌の縁起物として飾っているが、センリョウとマンリョウは種類が違う。 実はよく似ているが、「葉の上に実がある」のがセンリョウ、「葉の下に実が垂れる」のがマンリョウと見分けて間違いない。 センリョウは、センリョウ科の多年性常緑の小灌木で、暖地の山林の樹の下に自生。実が美しいので観賞用に庭園に植えられている。 寺院の庭に冬の景物としてすがすがしい。大巧寺、明王院、瑞泉寺、浄智寺、高徳院、成就院などに。 高さは普通五〇センチ前後。枝は少なく、長楕円形の葉が対生し、縁はのこぎりのようにギザギザ。六月頃、淡黄緑の小さな花が咲き、冬に実が赤く熟す。 この実を、正月の飾りを終えた後も捨てずに残し、三月に蒔くとよく発芽するという。 以前は、縁起のよい「仙」の字をつけて仙寥菓、仙寥花と書いていた。「千両」の字が当てられたのは江戸時代後期からといわれる。 ちなみに、早春に純白の花を開花するヒトリシズカ、五月頃に咲くフタリシズカは、センリョウの仲間である。 マンリョウも常緑の灌木。暖地の樹蔭などに自生するが、こちらはヤブコウジ科。 高さは一メートル以下が普通だが、時には二メートルを越えるものもある。肉厚の光沢のある葉は長楕円形で縁がギザギサだが、センリョウの対生に対して互生。七月頃、小枝の先に小さな白い花を開き、冬に実が赤く熟す。 マンリョウが文献に出てくるのはセンリョウ、ヤブコウジより遅く、初めから「万両」と書かれてはいなかった。江戸時代には万里ゃう、まん竜などといっていた。金銭の表現がはばかれていたのだろう。 ただ、マンリョウの実が古くから知られていたセンリョウの実より大粒で多いので、一桁上の「万両」がつけられたのだろう。たしかに豊かな感じがある。 マンリョウと同じヤブコウジ科のヤブコウジは、正月や祝い事のおめでたい植物として、古くから使われてきた。 山橘の名で『万葉集』『古今和歌集』などにも登場し、武家の元服式にも使われていた。 小形の常緑植物で、厳しい冬の間、鮮やかな実をつける姿に、永遠の繁栄を願ったのだろう。 明治の中頃、新潟県を中心にヤブコウジの一大ブームが起こった。生業を捨てヤブコウジの投機に走る人が続出したのである。今でいえば立派な家が建つほどの高額で売買され、県知事がヤブコウジ売買取締規則を発令するまでになった。 江戸時代後期の文化、文政の頃の品種改良熱が、その下地を培っていたのだろう。百種以上もあるといわれた品種も、その後激減したという。 現在、ヤブコウジ属は世界に約二五〇種、日本ではマンリョウ、カラタチバナなど約七種。 千両、万両にならってヤブコウジを十両、カラタチバナを百両という。 センリョウ、マンリョウとも人間との関わりが遅かったためか、梅や桜などのような神話や伝説はほとんどない。不思議なことにヤブコウジにもない。 俳句で詠まれるようになったのは、大正末期からである。 ▲花一覧に戻る |